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2018年12月 2日 (日)

「銀河鉄道の父」

門井慶喜「銀河鉄道の父」講談社

面白いタイトルが効いてますね。
宮沢賢治の生涯を、主に父親の視点から、描いてあります。
さまざまな問題に直面しつつ、いつしか才能を開花させていった息子。

明治ですからねえ‥
真面目一方の堅物だった祖父の喜助が興した質屋と古着屋が成功し、地元の名士となった宮沢家。
父親の政次郎は、喜助の「質屋に学問はいらね」という方針で、小学校までしか行かせてもらえなかった。
成績は良く、教養もあり、浄土真宗の信仰に熱心で、年に一度夏には勉強会を主催していたんですね。
講師を招いて数日温泉に滞在してもらい、聴衆の滞在費まで費用のほとんどを負担していたとは太っ腹。

あいにく長男の賢治は、質屋には向かない性質だったのです。
政次郎は呆れたり不安になったり、それでも感情は溺愛に近い。
今の基準から言えば古くて頑固で横暴な夫で父親かもしれませんが、当時としてはむしろ甘いところもあるぐらい?
賢治が重病の時は二度も自ら病院に泊まり込んで看病して、周囲を驚かせることに。
進学を認め、何かとお金を出してやります。
賢治は才能の片鱗を見せつつ、若い頃は甘やかされたぼんぼん、って感じで、「雨ニモマケズ」のイメージと大違い。
それに、作家になろうとも考えていなかったんですね。

妹のトシも優秀で、日本女子大を出て、母校の女学校の教員もしていたそう。
トシは賢治の作った話を聞くのが大好きで、賢治も話して聞かせるのが楽しく、父親の目には仲が良すぎると映るほどだった。
いや、創作したものを喜んでくれる存在というのは、何より貴重ですからね。
トシが就職した後、孤独になった賢治は父への反発もあってか?父とは違う宗教へ。
日蓮宗にはまって経文を唱えながら町を歩くほどになり、かと思うと突然、東京へ行ってしまうのだが。
8ヶ月後、トシが結核になったと知って、すぐ戻ってきた賢治。
大きな荷物は、東京で一人、書き溜めた原稿だった‥

農学校に就職して、わかりやすい講義が生徒に好評だったという頃には、だいぶ大人になっていたのでは。
自費出版をした後、教職を辞めて、田んぼの中の離れに住み、畑仕事もして自立しようとした。
肥料の相談などの指導も、無料で試みていた。
その頃には、雨ニモマケズのような理想を抱いていたのでしょう。
ただ身体が余り丈夫でないことを考えると、野良仕事をしつつ粗食というのは無理だったのかも‥

奇矯にも見える行動をとる賢治ですが、ワガママとはちょっと違うんじゃないかな‥
めったにないほどの才能を抱えた人間には、やむにやまれぬものが内面にあるような気もします。
それが形となって奔出するまで、色々なことがあるのはどうしようもないのかも。

一部は賢治の視点から、偉大な父を超えられない重圧なども、描かれます。
家族の葛藤がトシの病気中に激しいせめぎ合いになるあたり、息を呑むような迫力。
どこまでが史実あるいは通説で、どこが想像を膨らませたものなのか、わかりませんが‥
どちらかと言えば抑えた状況描写の中に、生々しい感情が力強く描かれていて、引き込まれました。

平成29年(2017年下半期)第158回直木賞受賞作☆

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