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2011年11月17日 (木)

「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」

島田荘司「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」光文社文庫

1900年、夏目漱石がロンドンに留学したとき、
あのシャーロック・ホームズと出会っていた?

漱石が下宿を転々と変えたのは事実。悶々としていて、帰りの船まですっぽかすという奇妙な行動を取ったんですね。
その理由とは?
新たな手記が発見され、ホームズとの関わりが明らかに!というお話。

漱石は、どこからともなく聞こえる「出て行け」という幽霊の声に悩まされ、脅えるように引っ越しを重ねていました。
ベイカー街のクレイグというシェイクスピア学者の元を毎週、訪れていたのですが。
問題があるならと紹介されて、ホームズを訪れると、もうそんなことは起こらないでしょうと言われ、事実ぱたっとやんだのです…

夏目漱石の視点で書かれた出来事と、ワトソンの筆になる未発表原稿との食い違いが面白い。
ホームズはコカインの影響か?しだいに奇矯さを増し、事件捜査の腕が鈍っていたという。
忍耐強く、じつは切れ者という評判のワトソンは、それをかばっていたということになっています。
ライヘンバッハで滝に落ちたというのも長期入院のための苦肉の策。そのために食い違いが多いのだとか。

変装したホームズのまるわかりの様子に驚愕する漱石がおかしい。
だがホームズは人々に愛され、信頼されていたために、誰も指摘しないのではと考えるのでした。

時を同じくして、ホームズにはメアリー・リンキイ夫人の依頼。
プライオリィ・ロードに立派な屋敷を構えています。
夫を亡くして、行方知れずだった弟キングスレイを捜し出したのですが…
共に暮らしだしたものの、キングスレイの部屋は東洋趣味の物でいっぱい。
ろくにものを食べず、暖炉もたかずに狭い部屋に閉じこもる弟。
部屋にあった古い箱を夫人が開けようとしたら激怒、呪いが解き放たれてしまったという。
そして弟はミイラとなって死んでいた‥内側から釘付けされた部屋で?

日本と中国の区別もつかない当時のイギリス人。
まあ、そうでしょうかね‥
漱石は、甲冑だけが日本のものと断言。
小さな紙切れに書かれていた文字は、日本語かも知れない?が意味は不明…

事件解決の後、漱石は自分の抱えた過去の苦悩(これは創作?)から、いまだ療養中の夫人に対して、ある思いつきを‥
そして感動のバイオリン!
帰国が遅れた理由まで。
面白かったです。

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