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2010年10月 1日 (金)

「隣のアボリジニ」

上橋菜穂子「隣のアボリジニ」筑摩書房

守り人シリーズの作者・上橋菜穂子が、もともと文化人類学者でもあるのは知られているところ。
毎年オーストリアに出かけているそうですが、これは1990年に最初に行ったときの体験記。

アボリジニの話を聞きたいと思っても、いきなりインタビューに行って話して貰える物ではないでしょう。
ボランティアの小学校教師として滞在し、しだいに信頼を得ていくのですが…
最初に驚いたのは、混血が進み、街中で暮らしているために、見た目は区別がつきにくいことだったそう。
子供達は屈託なく一緒に遊び、表面上は差別や対立があるほどに思えない。

ただアボリジニの住居はまとまっているようだし、定職に就いている人が少ない現実もありました。
最初に親しくなった教師補助員のローラは、もうあまり伝統を知らない世代。
その伯母などの話は、激動の生涯ですが、伝統的な生活への興味は満たされます。
見上げれば星の見えるブッシュの中で、生まれたんですね。

一口にアボリジニというが、これは英語の「原住民」から来ていて、実際には400もの言葉の通じない集団があったとか。この地域の住民は自分達のことをヤマジーと言っているそう。
入植した白人のとったやり方のひどさも、何ともいえないものですが。
30万以上いたと推定されるアボリジニは白人入植後3万人程度に激減。いずれ消滅する野蛮人とさえ思われていたが、絶滅はしなかった。主に白人男性のレイプによって‥

もとは狩猟採集民族なのは、ネイティブ・アメリカン(いぜんでいうインディアン)と同じですね。
勝手に移住して森の木を伐り、囲いを作ってしまう白人達。
それに対して、すべてに精霊が宿り、土地は神にゆだねられて人が守るべき物と考え、自分たちの聖地から離れることも出来ないアボリジニ。
多くは奴隷同然の牧童となって、給金なしで働いていたそうです。
1901年にオーストラリア政府が対策に乗り出すと、教育的配慮という名目で子供が収容所に入れられ、親子が引き裂かれてしまうケースも。
1967年から72年にかけての法改正で人権を認められるようになると、今度は、給料を払えない牧場主に追い出されてしまうことに。

アボリジニといっても元々いろいろな民族の違いも想像以上にあり、さらに個人の性格もあるのはもちろんです。
部族の掟はかなり厳しい。ちょっと韓国を連想…ほとんどは違うんだけど、家族を大事にし、親戚は結婚できないことなどで。
葬儀と婚姻のしきたりは非常に大切にされ、これを省くことは出来ないそうです。
家族愛が強く、根は陽気な人が多いみたいなんだけど。
呪術など、想像外のことを伝えている部族もあるらしい。
町に住んで、白人やハーフと結婚し、キリスト教徒になっている方が既に多いんですね。

政策の変遷に翻弄されて、福祉で食べている方が多いとは。
貧しい飲んだくれのようなイメージがあるらしいが、もともと差別があって就職が難しいので、悪循環に。
「腰布姿で槍を持った野蛮人でない、私たちのようなアボリジニもいることを伝えて」と頼まれたそう。
2000年発行。
力のこもった内容です。

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