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2008年6月29日 (日)

「星新一1001話をつくった人」

最相葉月「星新一 1001話をつくった人」新潮社

星新一の評伝。
2007年、数々の賞を受賞している~なるほど、力作です。

星製薬の御曹司として生まれ、森鴎外とも縁のある文化的な家系で育ったんですね。
本名は親一で、星製薬のモットーの一つ、親切から来ているそうです。
エリート路線まっしぐらで附属小学校から一高、帝大~17歳で終戦を迎え、それって同級生は誰も戦死しなかったギリギリの世代なんだそうです。
ところが父の星一の急死で、破産に瀕した会社の後始末をする羽目に。
実業家には向いていなかったけど、アイデアマンだった所は父に似たのかも?

長身で甘いマスク、坊ちゃん育ちで品も良いけど、自分の内心はあまり語らない、サービス精神旺盛で、酒が入ると放言することもあったりと複雑な性格がいきいきと描かれます。
洒落たショートショートのセンスは恵まれた家庭で培われた物だったんですね。
SFの代名詞のように思われて、早く成功した方だったけれども、SFを軽く見る風潮の中で損をした面もあったり、さまざまなシーンが展開します。
戦後の日本の様子や、SFの勃興期のことがいろいろ見えてきて、面白い。

SFで星雲賞が設けられた頃には既に賞を与えるのは失礼なぐらいの大御所になっていて、かといって直木賞というタイプでもない。
ショートショートにかける気持ちが強く、読者には恵まれ、ファンクラブも出来ていたのですが…
夜遅く仕事をしてアイデアを練り、興奮してしまうので睡眠薬を飲まずには眠れなかったというから大変ですね。それで身体をこわしたのもあったようで、晩年の苦闘ぶりにはちょっと胸が痛みました。
小松左京や筒井康隆が非常に尊敬して、いつも礼を尽くしていたそうです。
タモリとの意外な交友、タモリの別荘での月見のもてなしに感動した様子などは心温まります。
恋愛結婚で家庭を築いて娘さん2人と孫にも恵まれたし、作品は今でも売れ続け読み継がれていて~十分、成功した人生だったと言えると思いますけれど…
苦労のない人生ではなかったんですね。

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